庵主ワールド

日々是好日

侘茶を始めた村田珠光は、禅の修行をするために、一休和尚のもとに出向いたところ、茶坊主になれと言われて、お茶を始めました。これが茶道と禅との出会いです。
珠光の弟子が武野紹鷗で、同時代を生きた千 利休にもその流れが伝わっています。利休は和文化を集大成して、今日に伝わる茶道を創造しました。
茶道は禅との出会いで精神を得て、茶禅一味となりました。お茶をすることは禅の修行をすることと一緒です。
茶室の床には掛け軸がかけられていますが、掛け軸は茶道をする上で一番大事なものなので、禅語が書かれていることが多いです。お茶稽古でも茶事でも、まずはこの掛け軸の禅語に深く首部を垂れて席入りします。
禅語に、大いなる気づきを得たり、生きる勇気をいただいたり、人生の意味を見出したりすることができます。

好きな禅語に「日々是好日」(にちにちこれこうじつ)という言葉があります。
毎日が素晴らしい。現実には、辛いこと、悲しいこと、腹の立つことなど嫌なことがたくさんあるのが世の常、人の常。でも、毎日が素晴らしいと思える気持ちを持つこと、毎日が素晴らしいと思える生き方をすることはできますね・・・という意味に私はとらえています。
この言葉がタイトルになった映画がありましたが、主人公の女性がある日、お母さんから勧められてお茶の稽古に通いだします。家族との擱筆や結婚の破談などいろいろなことがあって、気が付けばいつもお茶に助けられていて、なんとなく20年がたった時、茶道がにわかに素晴らしい世界がある、と実感し、さまざまなことの本質が見えてくるというものでした。
お茶が素晴らしいものだと実感するのに、ただ20年もくもくとお茶稽古をするというのは、大変なことです。お茶は薄紙を重ねるように、稽古を積むと、いつか大いなる理解ができるものだということは真実だと思うのですが、現代の若い人には、言葉で伝えることや茶事の体験の中で感じ取っていただくことも大事だと思っている、峯風庵です。